第8話 ~ 颯爽たり、ロイヤル・ブラザーズ

[アイコン: 司会者]
司会者

では、最後に各方面からの弔辞をご紹介し、本日の全ての催しを終えます。棺は3日間、王宮の1階に…

司会者の流暢な発話が続く。レオポルドと妹たちはの当たらぬ室内へと下がった。クルトが喉を酷使したレオポルドに水を差し出したが、彼は断った。

[アイコン: レオポルド]
レオポルド

先に妹たちだ。若いほど水分の消費は早いから。

クルトは了解し、4人に順に水を差し出す。皆疲れていたが、棺が移動されるまではこの場にいなければならなかった。日陰にいるとはいえ、休まるわけではない。この水はまさに“命の水”だった。10分もした頃だろうか、不意に鈍い音がする。有事かと見回すと、アルバータが床に伏していた。鈍い音は、彼女が膝を硬い床に強かに打ち付けたために鳴ったのだ。

[アイコン: レオポルド]
レオポルド

アルバータ!医者と担架をすぐに!

レオポルドが叫ぶ中、意外な人物が駆け寄って来た。ヴァロワだ。

[アイコン: ヴァロワ]
ヴァロワ

アルバータ嬢、噂には聞いていたが、初めてお目にかかる。貴女が公の場に出て来ることは少ない。日頃体調が優れないのだね。

[アイコン: アルバータ]
アルバータ

ええ。

彼はためらいもなく自分の着ていたを脱いで地面に敷くと、力なく答えたアルバータをそこに寝かせ、自分の折り畳んだ膝に彼女の頭を乗せながら聞いた。

[アイコン: ヴァロワ]
ヴァロワ

医学には心得があるのだが、見てもよろしいか?

アルバータは一瞬迷ったようだが、兄の方をちらりと見てから答えた。

[アイコン: アルバータ]
アルバータ

ありがたいお申し出ですわ、閣下。ぜひ、お願いいたします。

[アイコン: ヴァロワ]
ヴァロワ

ずいぶん、信頼されているようだな。

ヴァロワはレオポルドをちらり見てから、彼女の口の中を見たり、脈を取ったりし始めた。レオポルドは気が気ではなかった。それは、もしアルバータの“病気”が本当に人為的、毒物によるものなら、その原因として考えられる可能性が一番高いのは何を隠そうマルキ・デ・ヴァロワ本人ではないか。不安をよそに、ヴァロワは従者に呼びかけた。

[アイコン: ヴァロワ]
ヴァロワ

砂糖と蜂蜜を溶けなくなるまで入れたを持ってこい。一杯分あればいいだろう。

それから彼はクルトの方を向いて言った。

[アイコン: ヴァロワ]
ヴァロワ

貴家では鉄の食器を使うことが多いのでは?

[アイコン: クルト]
クルト

ええ、まあ。

[アイコン: ヴァロワ]
ヴァロワ

この症状は低血糖、食事量の不足、そして鉄過多だろうな。身体の成長期に糖を満足に取れぬのはかなり深刻な問題だ。今後は器を木製に変え、頭痛が落ち着くまで定期的に血を適量抜いて鉄を排出すると良い。症状がひどい時には甘いものを意識的に摂取なさい。体力が戻るまでは1日5食、小分けに食事を摂ると良いだろう。もっとも、適切な量の食事をすることが前提だ。ここ数日、この葬祭に出れるまでに体調がある程度戻っていたのなら、おそらく宴会続きで多量に食事を摂取したからだ。おおかた、誰かの喜ばしい帰還を祝してというところか。

完璧な推理だった。レオポルドは彼の聡明さに度肝を抜かれていた。医療にまで広がる見識の深さにも驚愕せざるを得なかった。戦うと決まっていたわけではなかったが、これは一筋縄ではいかないかもしれない、と背中に一瞬寒気が走るのを感じた。

[アイコン: レオポルド]
レオポルド

仰せの通りにいたします。しかし、かなり名の通った医師も雇ったのですが、閣下のような診断はしませんでした。

クルトが応じる。

[アイコン: ヴァロワ]
ヴァロワ

病気、という観念に縛られていたのだろうな。大陸の医療は遅れている。健康を害するのは感染性の病だけでなく、体調や精神、気候、年齢や食事、親や祖父母の病歴との関係もあるからだ。

例のミルクが入ったカップを従者から受け取りながらヴァロワが言い返した。そして続ける。

[アイコン: ヴァロワ]
ヴァロワ

さあ、お飲みなさい。すぐ良くなるだろう。

アルバータはためらうことなくカップを受け取ると、その甘ったるいミルクを飲み干した。彼女はみるみるうちに、体が回復するのを感じたようだ。1分もすると、自力で椅子に座っていられるほどになったし、30分後には再び立ちあがって父の棺が移動するところを見ることができた。レオポルドには驚きを含んだ顔でクルトと顔を見合わせることくらいしかできることはなかった。

18時。無事に全ての日程が終了した。レオポルドと妹たちは貴族たちに挨拶をして回っていた。ルードヴィング、司会者、総裁督に。もちろん、ヴァロワにも。

[アイコン: レオポルド]
レオポルド

素晴らしい挨拶と多大なお気遣いに感謝します、ヴァロワ公爵。民はあなたの話を聞いて勇んでいました。本当に感動的でした。床に敷いてくださったマントの費用は後ほど此方へ請求されてください。

[アイコン: ヴァロワ]
ヴァロワ

お心遣いは痛み入るが、とんでもない。この汚れさえ名誉の勲章だから気にすることはない。それより、今後はよろしく頼むぞ。元老院に若い風が吹き込むのは喜ばしいからな。そうだ、年齢も近いのだから、これから私のことはマルキと呼ぶといい。私も君のことをレオポルドと呼ぼう。

[アイコン: レオポルド]
レオポルド

承知しました、マルキ郷。今後ともよろしくお願い申し上げます。

[アイコン: ヴァロワ]
ヴァロワ

ああ、レオポルド。楽しみにしているぞ。ところで、我が弟エルンストの姿を見ていないんだが。そちらも…

[アイコン: レオポルド]
レオポルド

ええ。こちらもレギーナの姿が見当たりません。この件についてはおいおい話しませんか。もちろん、私は本人の意志を尊重するつもりでいます。どう転んだとしても。

[アイコン: ヴァロワ]
ヴァロワ

そうしてくれればありがたい。というより、それが正しいだろうな。そろそろ時間だ。また会おう、レオポルド卿、そしてさようなら、麗しの姫たち。

マルキ・デ・ヴァロワは立ち去った。普通なら虫唾の走るような台詞を吐いて、美しい髪を靡かせて。それを見送ると、グラティアがレオポルドの裾を引っ張りながら言った。

[アイコン: グラディア]
グラディア

何とは言わないけど、柱廊の方に行くといいことがあるかもよ。

[アイコン: レオポルド]
レオポルド

ありがとうグラティア。クルト、先に“麗しの姫たち”の帰り支度を。私は少し用ができた。

柱廊に着くと、やはり2つの人影が見えた。何か囁き合っているようで、その距離はかなり近い。逆光のために輪郭しか見えなかったが、2分ほどすると日がかなり沈み、まず背の高い方の男の顔がはっきり見えた。なるほど確かに兄に似た美しい容姿である。身長は兄より高く、レオポルドよりも高いように見えた。兄より少し色の薄いの髪は肩に触れるまで伸び、兄より白い肌に細い体。凛として、筋の通った、しかし凹凸の少ない中性的な顔つき。観察しているうちに、背の低い方の人物の顔がはっきりと見え始めた。が、レオポルドの予想に反して、その女性はレギーナではなかった。もっと小さな女の子が、何かの上に立って彼と話していたのだ。その時、レオポルドの後ろで誰かが走り去る音が聞こえた。女性ものの踵の高い靴で走っていく音が。

[アイコン: 男]

誰かいらっしゃるのですか?

男が音のする方へ呼びかけた。レオポルドは少し思案したが、その声に応えて出ていくことにした。

[アイコン: レオポルド]
レオポルド

ああ、失礼。私はこの柱廊を通り抜けたかったのですが、どなたかの密会にぶつかってしまったと思って控えておりました。レオポルド・フォン・ヴァルトブルクです。以後お見知り置きを。

[アイコン: 男]

これはこれは。この度はご愁傷様でした。此方はエルンスト・デ・ヴァロワと申します。以後お見知り置きを。

[アイコン: レオポルド]
レオポルド

して、その子は?

[アイコン: エルンスト]
エルンスト

これは領民の子でして、最近両親を亡くしました。ここ数日、私が世話しているのですが、兄が良い顔をしないのが分かっていたので、こうして、こっそり…

[アイコン: レオポルド]
レオポルド

マルキ卿が…そうでしたか。いい心掛けですね。しかし、このようなやり方では何か誤解を招くかもしれません。もう少し堂々とされてはどうでしょう。何も隠し立てするようなことはないではありませんか。私からもお兄様に話を通しておきますから。

[アイコン: エルンスト]
エルンスト

し、しかし…女児もいますから、私1人で世話するわけにもいかず。あいにく妻帯しておりませんから。

皮肉めいたものを一抹、感じ取るレオポルド。

[アイコン: レオポルド]
レオポルド

そうでしたか。しかし、それにしたってご自身が世話なさらずともいいのではありませんか?

[アイコン: エルンスト]
エルンスト

それが、そうもいかないのです。この子の両親を殺害するよう命じたのは、他でもない、兄なんです。それも、この子だけじゃなくて…!

エルンストが声をかけると、6から12歳くらいの子供たちがぞろぞろ出てきた。その数、実に10人。

レオポルドは直感した。この話は長くなりそうだ。