2026年2月の冬の北海道旅行を振り返る

2026年2月15日〜18日にかけて冬の北海道を旅行した記録を記事にしました。

夏の北海道は三回訪問済みですが、今回の旅行では冬ならではの北海道の様子に触れる事が出来ましたので、その様子を中心に記述していきます。

1日目 (2月15日)

冬の関東にしては少々珍しい曇り空の中、成田空港に到着しました。

空港に到着した7時頃は成田のアメダスで3.9℃で、関東らしい朝となっていました。

8:22に成田を離陸すると上空を旋回し、つくば付近を通過しました。

6分程で中禅寺湖と日光の雪を被った山々が見え、遠方には北アルプスの山々も見えました。

天童の辺りで積雪の有無がはっきりと分かれているエリアがありました。

標高100m程度の場所で積雪しており、平均気温が段々と下がって行っているのが分かります。

横手以北は雲が広がり青森や道南は見えませんでしたが、旋回しながら新千歳空港に降下していく過程で、雪がしっかり積もった千歳市東部の畑作地帯が眼下に広がりました。

9:37に新千歳空港に着陸後、新千歳空港駅利用者の通過儀礼を行い、南千歳駅から特急とかちに乗ります。

川端駅を越えて夕張や占冠の山間部に入ると、それまでの石狩平野の区間よりもしっかりと積雪してきました。

十勝平野に入ると積雪深は少なくなるものの、北海道らしい銀世界が広がっていました。

13:35に帯広駅に到着し、20分程でバスに乗り換えます。

15万都市帯広の市街地を10分程走行すると、幕別町に入って少ししてから市街地が途切れ、十勝平野らしい直線的な道路を進みました。

やけに暖房が効いて暑かったバス車内から本別町以西の十勝平野の銀世界と足寄町以北の雪山を眺めつつ、3時間程で陸別町に到着しました。

泊まった宿は道の駅の2階にあり、道の駅の裏にはふるさと銀河線陸別駅の跡と車両が展示されています。

構内には、GTO(ドラマ)で使われたらしい幌比内の駅名標がありました。

周囲が完全に暗くなる前に、陸別町市街地を散策しました。

雪国の道路らしく、市街地の道路には歩道と車道を隔てる雪の塊が鎮座していました。

更に20分程歩き、冬季にいつもとんでもない最低気温を叩き出している陸別のアメダスを訪問しました。

アメダスは道路や駐車場のすぐそばにあり、積雪深に関しては除雪した雪が誤ってアメダスに捨てられ値が不適切になるリスクがありそうで、僅かに心配です。

2日目 (2月16日)

-10℃以下の極寒を期待して宿を出ましたが、未明に雲が出て放射冷却が進まず、この日の最低気温は-6.6℃に留まりました。

前日や翌日は最低気温が-10℃を下回り、2日前には-22.3℃、2日後には-22.5℃を記録していたので、運悪く寒気が弱い時期に陸別を訪問してしまった事となりました。

6:09に道の駅前を出発するバスで十勝総合振興局からオホーツク総合振興局に移動します。

置戸町中心部で、陸別よりも寒い-8.1℃を表示している気温計を見てから、北見の高校へ向かうと思しき高校生達が乗り込み、バスは次第に朝ラッシュの様相を呈してきました。

7:45に北見駅に到着しました。

少し時間があったので散歩すると、帯広と同様に市街地が広がり、地域の中心的都市らしさがあります。

北見駅からは特別快速大雪に乗車します。

特急と同じ停車駅なのに特急料金不要でお得な代わりに、車両は2両のH100形気動車で、100%近い乗車率の中で遠軽駅まで進みました。

遠軽からは北見バスで紋別方面に北上します。

湧別町市街地には溶岩ドームのような捨てられた雪の山がありました。

乗換地点の道の駅かみゆうべつ温泉には、遠軽から紋別、興部、名寄を結んでいた名寄本線の中湧別駅跡に車両が展示してあります。

車内にはかつて何かしらの展示があったようですが、現在は車内に入る事はできないようです。

昼食を食べたかみゆうべつ温泉チューリップの湯の入口には雪と氷でできたオブジェのようなものがありました。

北国ならではの芸当です。

道の駅からは北紋バスに乗車し、北海道らしい白樺の森を通りつつ、紋別で下車しました。

紋別では流氷を見下ろそうと高台に登りましたが、悲しい事に流氷は見えませんでした。

…と思いましたが、拡大してよく見ると、遥か遠くに僅かに流氷が見えました。

今回の旅行の目玉の一つでしたので、見る事ができて良かったです。

流氷を見れはしたもののもっと近くで見たかったな〜等と考えながら歩いていると、なんと紋別港が凍結していました。

海自体は凍結する程の低温ではないでしょうが、陸の冷却によって波が無い港ではこのような事態になったのだと思われます。

道の駅でお土産を探していると、鮭に熊顔が生えた恐怖のマグネットがあり、実家用にこれを購入しました。

再び北紋バスに乗車してオホーツク海岸を北上します。

興部町市街地の近くには、湧別でも見た名寄本線跡の橋脚があります。

雄武でバスの乗り換えをしますが、ここでは2時間半も待ち時間があるので、市街地の辺りをウロウロしました。

道の駅の展望台からは、紋別と同様に水平線ギリギリに流氷が見えました。

漁港に向かって歩いていると、砂丘で見られるような稜線が雪によって作られている箇所がありました。

このような構造物ができるくらいに多くの積雪がある事が伺えます。

紋別と同様に雄武でも港の中の海面が凍っていました。

散策後もかなり時間があり、道の駅でダラダラして時間を潰しました。

バスの時間が近づいたので外に出ると、雪が踏み固められてできた氷がライトを反射して輝いていました。

茨城人である投稿者は滑りにくい歩き方を心掛けたものの、今回の旅行で100回以上滑ったり3回程転倒したりしましたので、この光景はまあまあ恐ろしいものでした。

雄武からは1日2往復(+枝幸-郡界間で1往復)しかない宗谷バス音標雄武線に乗り、宗谷総合振興局に入ります。

以前の夏に乗車した際はオホーツク海の夕暮れを見る事ができましたが、冬になるとほぼ真っ暗な中を1時間程乗車する事となりました。

雄武町幌内で下車があってからは終点近くまでずっと一人で乗車し、1日2往復で運用されているこの区間の需要の少なさを感じました。

3日目 (2月17日)

バスに乗る前に枝幸町市街地を散歩し、枝幸漁港で朝焼けを眺めました。

散歩の間、枝幸のアメダスでは前日の陸別より低い-8.6℃を観測し、今回の旅行で経験した中で一番寒い気温となりました。

音標雄武線よりは多い1日4往復の宗谷バス浜頓別線に乗り、オホーツク海岸を北上します。

枝幸町北端の北見神威岬で短いトンネルを通って浜頓別町に入ります。

以前「北見神威岬」という名前を見て何故北見?と思っていましたが、これはオホーツク総合振興局と宗谷総合振興局の大部分の領域が戊辰戦争後に北見国として置かれた事から、北見国+神威岬で「北見神威岬」となったようです。

そもそも「北見」というのは、北海岸(オホーツク海沿岸地域)でサハリンが見えるという事に由来するので、北見市から遠く離れた宗谷南部に北見を冠した地名があるのは至極妥当な事とも言えます。

浜頓別ターミナルの手前にある浜頓別ウィンドファームを撮影すると、低彩度の空と雪原が広がる冬の北海道らしい景色が広がっていました。

浜頓別でも少々待ち時間があったので散歩していると、雪が捨てられた所に積雪があった後に歩道を除雪したためか、腰より高い高さまで雪の壁が立っていました。

浜頓別から宗谷バス天北宗谷岬線に乗って宗谷岬を目指します。

車窓左手には、宗谷岬から続く宗谷丘陵の山々が木々の後ろに続いていました。

鬼志別ターミナル(猿払村)で40分程待機して再び北を目指します。

猿払村以北ではサハリン最南端の西能登呂岬が次第に見えてくるようになりました。

浜頓別から1時間半程バスに揺られ、宗谷岬に到着しました。

宗谷岬裏手の宗谷丘陵への坂を登っていると、強風のためか、前日に雄武で見たような雪の模様が広範囲に分布していました。

同様の模様は丘陵の上にも広がっていました。

この地点で振り返ると、宗谷海峡の向こうにサハリン最南端の西能登呂岬が見えました。

風で舞い上がった雪も見つつ、20cm前後の非圧雪地帯を進める所まで進みました。

宗谷岬周辺の飲食店が全て閉まっていたため、丘陵の上の風車の下で前日に買ったポテチとパンを食べました。

物足りない昼食の後、宗谷岬周辺の住宅地を散歩しました。

バスに乗る前に、宗谷岬近くのてっぺんドームに登りました。

稚内行きの最終便で天北宗谷岬で稚内駅に向かいます。

浜頓別〜宗谷岬の区間とは大きく異なり、投稿者と同様に稚内駅に向かう観光客が多く乗車していました。

この日宿泊した稚内駅近くのサフィールホテルでは、ノシャップ岬に続く丘陵地帯に沈む夕日が窓に広がりました。

稚内駅近くにはロシア語表記の交通看板がありました。

かつては稚内-コルサコフ航路によってロシア人も多く稚内に訪れていたようですが、この航路が休止になった上にウクライナ情勢で交流がより難しくなったため、以前のようになるのは難しそうです。

4日目 (2月18日)

出発前に稚内港北防波堤ドームに寄って海の向こうを見ようとしましたが、曇り空の夜明け前ではサハリンを見る事はできませんでした。

稚内からはサロベツ号に乗り、宗谷本線を札幌に向けて南進します。

去年と一昨年の北海道旅行では稚内-札幌間を夜行バスで移動したので、この区間を鉄道で進むのは初めてになります。

南稚内駅を過ぎて少しして市街地が終わると人気が全く無い区間に入り、崖の上から日本海を見下ろせる箇所もありました。

海に近付く区間がしばらく続くと、去年廃止になった抜海駅を通過します。

廃止から1年程度なので駅舎は残っていると思っていましたが、跡地にはロープだけが所在していました。

豊富町、幌延町では右手にサロベツ原野が広がります。

幌延駅を過ぎると次第に山がちになり、天塩川に沿って谷間を進んで行きます。

美深町からは山が遠のき、雪を被った農地が広がるようになります。

稚内から4時間弱で旭川に到着し、すぐに札幌行きの特急ライラックに乗ります。

空知地方では平野が広く分布し、遠方には暑寒別岳が見えます。

1時間半程で札幌駅に到着し、駅の地下で札幌ラーメンを食べました。

快速エアポートで新千歳空港に移動し、空港からはPeachの飛行機に乗ります。

苫小牧を過ぎてからは雲が広がって函館や北東北は見渡せませんでしたが、仙台港は辛うじて見る事が出来ました。

関東に入ると雲は無くなり、夕日と霞ヶ浦・北浦を同時に見渡せました。

成田空港のエプロンでエアバスA380に迎えられ、今回の旅行は終了しました。

尚、翌日は北海道の悪天候により、同じ時間のこの便含め多くの飛行機が欠航になったどころか、札幌から新千歳空港に行く事も出来なかったらしく、寒気が弱い時に陸別で低温を体感出来なかった分とトレードオフで関東に帰ってくる事ができた、とも言えそうです。