沖縄見聞録 2026

OKINAWA

沖縄。沖繩。あるいはうちなー。または琉球国。

西に東シナ海、東に太平洋を望む亜熱帯の島。日本の最西端にあり、日本本土または“内地”とは大きく異なる歴史を持つこの島は、本当に面白い場所だった。

正直に言ってしまえば、この地域が僕のイメージを越してくることはなかった。思ったほど暖かくもなかった。それは、気候もしかりだが、人もそうだ。でも、それは裏を返せば観光で経済が成り立つ観光立県であるこの島がブランディングに成功しているということであり、かつ、あえてすれすれの表現を使うとすれば、日本的であるということだった。いや、正しくはグローバリゼーションというべきなのだろうが。少しずつ振り返っていこう。

貴重な体験

いくつか写真を見ていただこう。

ホエールウォッチングに行ったのだが、船と同じ大きさ、7mのザトウクジラのつがいが並泳しているをを目撃した。船体一つほどの距離を置いたところに、地球史上最大を誇る動物の類が野生に存在しているのを見たのは、間違いなく人生を豊かにする経験だった。

定員ギリギリに乗り込んだ中国人とわずかな日本人がともに、人類の天才的発明、酔い止めを飲んで、絶えず飴を舐めながら、自動車、というか陸上では経験することができないほどの揺れに打ち勝ちながら、平和的に話しつつ、遠く水平線を眺める一体感はなかなか感じられるものではなかった。そして確実に周期的に呼吸のため浮上する巨獣に、これもまた生命かと感じるのであった。これまでこれほどまでに、人類がみなこのように時を過ごせる時代が太平の世なのだろう、と感じたことはなかった。

野球のキャンプの時期でもあったので、観戦した。やはり、プロはすごいのだなと感じるバッティングであった。12球団中9球団が沖縄で春季キャンプを過ごすらしい。とんでもない率だが、気温といい気分といい、春からアガること間違いなしのこの島々は開催地に最適なのだろう。なお、サッカークラブも野球キャンプの前月頃にかなりの数キャンプに来ているのはご存じか。この制度は、選手と近づける距離という点においてはかなり貴重な体験だろう。観光立県をうまく成し遂げている、本当の成功例だと思った。

欲を言えば巨人が見たかったのだが、あいにく訪問中は宮崎期間で、叶わなかった。他にも数球団の球場横を通過することとなったのだが、一番人気は日ハムだった。渋滞の起こし方、行列のはみ出方といい、ずば抜けていた。遠く北海道から来る人が多いと思うが、飛行機が身近にあるという点で、ある意味来やすい環境なのかもしれない。まだ寒い2月に、もう海にも入れる南国に来るのはリフレッシュにもなるだろう。それに、圧倒的な若い女性の人気。強かったころのカープを思い出すようである。カープ女子、なる言葉が流行ったのは、もはや記憶に新しいというほど最近のことでもないが、その旋風を、割と長い時間キープできている点で、そして酷かった札幌に別れを告げて得た新球場と、完全子会社化等々を果たした彼らは、スポーツ球団が根付きづらい日本という畑での稀有な成功例ではなかろうか。

酒もかなり飲んだ。泡盛、ハブ酒、そしてORIONビール。

泡盛は残波14年、萬座古酒43度、瑞泉、MARUTA30度、暖流くらいだろうか?ハブ酒は写真の場所、沖縄ワールドで1杯。胸が焼けるような熱さを瞬間的に感じ、胃に入るまで、どこを通っているかわかるほどの感覚。あれをがぶがぶ飲んでいるようでは、それは酒も強くなるだろうと思った。まあ、私が今回出会った人間で自分より酒が強かった人は2人ほど。昔のイメージほど酒豪も多くないようだ、今は。

1cm伸びるのに100年かかるこの石。最大のもので5mほどだったろうか。それはつまり、5万年という時が流れたことを意味する。悠久に想いを馳せながら、歩行可能な2kmを歩ききったのである。理知ある人類という生物が誕生してからの有様をすべて、“彼”は見てきたのである。私の、というか我々の大先輩である彼に敬意とも恐怖ともいえるものを抱きつつ、綴られたものはたった数千年分しかないわが種族の歴史を振り返る。時代が流れても変わることのない人間の本質と、時間とともに変わってきた価値観や環境を思う。そして、最終的に、今を生きていられるこの僥倖に感謝して、湿気っていて気温の安定した地下空間から、エスカレーターという現代文明に載せられて、地上へ戻ったのである。

文化

音楽も沖縄独自のものがある。が、入り口というか、初歩の初歩というか、てぃさんぐぬ花・浦島太郎/海の声・BEGIN/島人ぬ宝・BEGIN/三線の花・September/Earth, Wind & Fireを無限にリピートした、というかさせられた。ただ、それ以来、これらの曲を聴くたびに、自分が沖縄にいるような気がしてくるのだ。記憶と結び付けられて、美しき思い出を蘇らせるのである。つくづく、すごい力だ。

食べたものの写真もいくつか載せてみようか。

BLUE SEALのぼやけたカップが、初代店舗の古めかしい写真とともに写っている。何度食べたか、本当に数えきれないほど食べた。まあ、都内にいくつもあるじゃないかという野暮な突込みは置いておこう。ほかにもアイスは腹を壊さんばかりに食べた。2月にアイス食べて寒くないという点で、やはり南国なんだと感じるのであった。居酒屋で食べた魚は、脂がのって、こりっとした食感のものが多く、マグロのような赤身とはまた違う味わいだった。グルクンのから揚げも絶品だ。酒の進むこと、進むこと。元祖(文字通りの意味で)のタコス屋はあまりにもおいしかった。見た目はひどいものだが。ソーキそば、沖縄そばも、ラーメンと同じで、当たりはずれがあるようだった。いい意味で庶民に寄り添った食べ物なのだろう。写真のものは一番おいしかった店のもの。太麺にてびち、三枚肉、ソーキの三種の肉が載っているものだ。

と、きれいなものおいしいものばかり紹介してきたが、やはり、この島に深く根付いているものが他にもある。

戦争の記憶だ。が、まずはその前に、珍しい文化に少し触れておこう。

沖縄でも花見が行われている。それも2月に。見る花はもちろん、桜だ。種類が少し違うのだろう。調べてみると、寒緋桜というようだ。色はソメイヨシノよりも濃く、花弁は大振りだ。正直、内地の桜を見慣れていると見ごたえがないのであるが、島民はこの文化をとても大切にしているようなので、口には出さないでおいた。しかし、団らんの時になるのだから、2月の八重岳お花見、良い文化である。

別の点では、多くの人が今でも、琉球神道を信仰している。この宗教は以前のものとは形を変えており、その祭司たる女性、ノロやその指導という文化はもはや廃れつつある。が、大きな墓、いわゆる琉球墓がいまも使われている。家と見間違うほどの大きさである。コンクリート製のものも多い。そもそも、台風に耐えるため木造の家は少なく、家もアパートもコンクリート製が多いというのも、文化といえるのだろうが。ともかく、これは、沖縄が火葬の導入前、風葬を行っていた名残なのだ。死体が自然に分解されるまで外気にさらす葬方だ。遺体の周りに石を積み上げたことがこのような大きな墓に表れている。また、屋根のデザインによってどの一族なのかもわかるとか。なるものがあり、年中行事として墓の前で一族が飲み食いする行事もかなり大々的に行われている。

また、民間の巫女あるいはシャーマンである、ユタへの信仰は残っているとか。現地の方から直接聞いた話だ。子供が風邪をひくと、病院の次にユタのもとへ連れていき、病院より高い金を払うのだとか。そんな信仰療法が現在も残っているのは、文明というものにあまりに囚われている私には信じられなかった。

戦争の記憶も色濃いようだ。首里城での激戦、〇〇高地での戦いなどなど。私も歴史は詳しいほうだと自負している。が、聞いたこともない、なんならWikipediaにも載っていないほど詳しいことを、30代のいち男性が滔々と語ってくれた。幼い時から学校で詳しい教育を受けるのだと。

さらに言えば、やはり政治への関心も高い傾向にあるようだ。場所にもよるが、今でも毎日、それどころか数分に1回、旅客機の3,4倍も速いスピードで、3,4倍も大きな音を立てて飛んでいく自国のものではない戦闘機を見れば、それを聞いていれば、そうなるのも当然なのかもしれない。たった80年前に戦火を交え、散らした相手国の軍隊が、そこにいるのだ。もちろん、日本にもアメリカにも“脅威”となる国に、沖縄が近いというのは事実だ。しかし、これは牽制でもある。アメリカの在外部隊人数は、多い順に日本ドイツ、韓国、イタリア、イギリス、スペインと並ぶ。お気づきだろうか?朝鮮民主主義人民共和国という明確な東側国家と陸地で接す韓国、「米国最大の同盟者」たるイギリスを除けば、第二次大戦での枢軸国である。その二面性を慮ると、沖縄県人が政治に敏感に反応するのも頷ける。近日は、世界を振り回すのが仕事とみえる閣下もいらっしゃるゆえ、“出動”も多いだろうが、願わくは、世界が平和であることを。

海、そして締め括り

だが、なんといっても沖縄の文化を形成するのは海だ。天気が良かった日が少ないので、写真の枚数は多くないのだが、まあ見てもらおう。なんと美しいのだろう。もっといい写真もあるのだが、個人を特定する情報が多いのであしからず。この写真では撮り切れない真の美しさは、ぜひご自身の目でお確かめあれ。

旅は人生を豊かにしてくれる。新しいきっかけをくれる。リフレッシュになる。ただの紙切れでしかないお金も、この人生の経験値と交換できるのであれば、価値がある。通貨という概念の本質そのものを思い出させられる貴重な人生の一幕だった。いずれ、また訪れようと思う。次は、もっと北のほうにも行ってみようか。

いまや、のんきでかりゆしを着て三線をかき鳴らすふくよかな酒豪たちが、時間を守らず、フルーツのたくさん生えた場所で、平屋建てレンガ屋根の家に住んで、シーサーを家の前に置いている、という“沖縄”は終わりを迎えている。

沖縄の人々も、“普通”にスマホを使い、“普通”に標準語を喋り、“普通”にせわしなく生きている。仕事に追われ、渋滞にいらつきながら。生活の一部分を切り取って誰かに見せてみても、おそらくどこの県の人かというようなことは分からないだろう。少なくとも本島の人たちは、なんくるないさーと生きているわけではなさそうだった。離島はまた話が違うそうだが、それはおいおい、この目で確かめるとしよう。

でも、だからこそ、この南国の美しさと気風は意味を持つのではないだろうか。現代社会の鈍色の波に呑まれながらも、心にはうちなーんちゅの誇りを持って生きるからこそ、その美しさはより輝くのではなかろうか。明るくなる前に家を発ち、空港で、観光地で、今日も彼らはたくさんの客をめんそーれーと迎え、暗くなったら家に帰る、彼らの日常がそこにある。帰ったら黒い板を拾い上げて電源をつけ、YouTubeを開いて寝落ちする。そんな日々に疲れた時には、ぜひ立ち止まって辺りを見回してみて欲しい。青く澄んだ空、海。鮮やかな緑に発色する木々。眩いほど白い砂浜。それらに囲まれているという幸せに、包まれてみてほしい。

内地の皆さんも、ストレスフルなこの時代だからこそ、経験してみて欲しい。ぜひ、この失われつつある楽園で、しかしまだ残っているこの楽園で、いつまでも変わらぬ青く蒼い雄大な海と空の偉大な包容力を。