歩羽理のほころびソクラテス 粗品哲夫事件に触れる

「歩羽理のほころびソクラテス 返報性の原理にほつれる」をまだお読みでない方は、こちらからお読みになることを推奨します。この記事の末尾に書いた通りなんですが、実は数あるひっかかりからこれを取り上げたのは、タイトルにもある粗品さん哲夫さん(以下、敬称略)事件があったからでした。構想した時期が大体お分かりになったでしょう。詳しくはこちらを。これと、これも観ると理解が深まります。動画は粗品視点しかないので、外野に事実の全貌はもちろんわからないのですが、参考までに。

まずは外野の素人らしく正当(?)に

素人が口を出す問題でもないですし、こういうどっちつかずの態度は粗品には好まれないでしょうけど、別にどっちも面白いというのが結論。アンケートを取る年齢にもよるでしょうけど、結果も半々になるでしょう。いつものお笑い芸人のプロレスかと思いきや、若干ガチみのある対立でしたからね。態度がどうとか言い方がどうとかではなく、面白いか面白くないかという究極の命題での煽りに変えてしまうのは粗品のえげつないところですね。さすが、今年の目標を「許さない」に設定するだけあります。

まず、粗品に言えることは、哲夫とは時代が違う、という事実です。自分の方が面白いと本人は仰ってます。絶対値で評価したときに、それが事実だとしましょう。でも、それは哲夫の時代も力も観てきたからではないでしょうか。礎があったから、ということです。例えば、佐々木朗希選手は165km/h出せる天才的なピッチャーですけど、いまのところ、130km/h出せなかった星野伸之さんより確実に上ってことではありません。むしろ、その頃のノウハウも経験もトレーニング方法も蓄積されて、それが才能と噛み合うから朗希があるわけです。まあ、粗品が自身を球速165km/hで、かつ野手としても世界一を争う、球界の顔たる大谷選手クラスの人材だと自認してるなら、話は別ですが。その自信は一部ほんとで、一部驕りでしょう。またとない天才で、吉本興業の最高傑作であると同時に、まだ若いというだけのこと。粗品が労咳と呼んで嫌ってる老害たちがイケイケガンガンだったありし日の如くです。彼も人間の成長の一環として、同じように結果を出し尖り天狗になりながら丸くなっていくという先人たちの敷いたレールの上を通ってるだけ。なんなら、業界問わず、大抵の権力者や有名人はその道の上をいくのではないでしょうか。ボロボロに言ってるように見えますが、もしどっちかに付けって言われたら粗品に付きますよ、僕は。だって、まだポテンシャルがあるから。未来が長いほうに投資するのは合理的判断です。

一方、哲夫が勘違いできないのは、たとえ自分の方が面白いと思っていたとしても、若者に道を譲らないと業界は死んでいくっていうことです。居座り型の権力構造は一切の進歩を生みません。また、実際のところ人は衰えてしまうということ。全盛期、全世代の感覚を鋭敏に感じ取って反映できる時代はおそらく終わりが近いでしょう。それは審査員としても、芸人としても大切な要素なのではないでしょうか。最も大切なところは、別に面白さが評価されて粗品が長く喋ったわけではないということ。興業として、ビジネスとして、粗品が喋れば見られるから、彼が長く喋ったということです。お笑いを見る層に対する需要に関しては、自分が下になってしまったことは覆しえない事実なので、そこに怒りを感じるのであれば、判断した放送局にキレこそすれ、粗品に八つ当たりすべきではありませんでしたね。でも、あなたが面白いことは粗品本人も認めていたほど、また世間もそこを疑う人は一切いません。あなたを我々が見続けていられるために、面倒な絡みづらい人ではなく、穏やかな心をお持ちの近づきやすい大御所になっていただきたいところです。

さあ、本題です。

と、アホな素人丸出しで関係のない問題に顔を出したところで、本題に入ります。僕がまずいなと感じるのは、こういう対立がもてはやされる世の中だということ。現在、粗品というのは若者の星のような扱いを受けています。時流を見る力は本当に天下一品。最もインフルエンスな人間であることは間違いありません。そんな粗品が、この動画は回ると思ってこれらの動画を世に出したことが、世の中の特に若者が、不寛容になっている証拠だと思うのです。実際、どの動画も回りまくっています。この不寛容には明確な理由があるんです。それは…

返報性の原理

↑という書き出しのつもりだったんですけどね。まあ、今はほとんど読者のいない当サイトでも、若干のリスクを孕む文章なので独立させました。火力高めの痛ファンとかに見られないことを祈りつつ投稿しております。ご意見はお問合せメールか、誰かのXまで。歩羽理でした。