第4話 〜 銘々の思い描く未来図

夜明け前。若者レオポルドは考えていた。どんな方法を取ってでも、妹たちは自分が守り抜かねばならぬのだと。先のレギーナの告白は彼にとって衝撃で、脳天に衝撃を受けるようだった。結局、彼は何も答えることができなかった。しばらくして、ただおやすみ、打ち明けてくれてありがとう、とだけ声をかけて部屋を飛び出した。その勢いのまま夜風の吹きすさむ外へ向かう。

考えてみれば、彼の母ヒルデガルドも17歳で結婚していたし、特に欧州大陸の貴族子女の間では若年結婚は珍しくないことだった。11歳で結婚した例もあったし、生まれた時から許嫁がいることも取り立てて珍しくない。でも大抵、その類の結婚は自分の意志が介在しない政治的なものであるのが普通だった。しかし、レギーナの件で珍しいと言わざるを得ないのは、数ヶ月前に相手方から非公式に持ちかけられたこの縁談の相手と、レギーナが互いに深く惹かれ合っているという事実だった。

であれば、これを止める理由は一つもないのではないと、そう思われるかもしれない。兄にとって、かわいい妹の一人が家を離れるというのは堪えられぬ苦痛であることに間違いはない。が、レオポルドはそんなことで本人の幸せを阻止せんとするような男ではない。彼がこの結婚に悩んでいたのは、縁談の相手を個人ではなく家としてみた時に、果たして関係することが許されるのかどうか、という一点だった。レギーナも悩んでいたのだろう。でなければ、既に成人した愛し合う二人が数か月も交際をためらう理由はなかったはずだ。兄に許可を取れという法があるわけでもないのだから。

そう、その相手がよりにもよって父伯ギュンターの最大の対抗者・隣国の旧王室の嫡流で、今最も権勢を振るう天才、マルキ・デ・ヴァロワの弟、エルンスト・デ・ヴァロワでなければこんなに悩むことはなかったのだ。

塔の上で

クルトはずっと若者を探していたが、ようやく居場所を突き止めた。彼が思案に耽っていた、夜風の当たる城郭の片隅の塔を。そして、彼の気になっているまさにそのことについてぽつりぽつりと説明を始めた。

レオポルドがいない間、妹たちは、自分たちの苦境が民のためであることがよくわかっていた。時と共に苦労する分野こそ移り変わっていったが、それが、貴族が責任・義務を負っているからだということを理解していた。貴族の本分は民に仕えることだとよく教えられていたから。

しかしその理想に真っ向から反対するのが議会の中で主流派である保守勢力であった。特段の成長や変化を期待せず、ただ現状を維持できれば良いと考える存在。もちろん、安定した国を民は求めていた。しかしそれは同時に、民は現状の苦しみから解放されないということを示している。彼らは貴族の本分は民に仕えられることであると考えていた。

だが、王政の打倒後、考え方や行動の典型が変わることなく引き継がれた現在の貴族政治は、ただ仰ぐものつまり王を失った形に終わる。よって民の求心力は急速に低下した。そこに現れたのが当時22歳だったマルキ・デ・ヴァロワである。隣国、芸術と華の国で起きた蜂起によって王権を失った最後の王朝の王の孫に当たる男だ。その爽やかな口調と顔立ち、そして巧みな口車は、民の貴族への評価を大いに高めた。

今や元老院議長として国政を大きく左右し、黒幕とも呼ばれている。欧州全体に影響を与え、いずれは祖国に復権することが目的と囁く者もいる。快く思わない者もいるにはいるが、民の支持ゆえに何者も彼の動きを阻害できないでいる。現存していた唯一の“英雄賞”保有者ギュンターが死んだ今、実質的に国家は彼の独裁であるというのが残念ながら直視しなければならぬ現状である…

ここでようやく、30分間黙って老執事の話を聞いていた若者が初めて口を開いた。

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レオポルド

…しかし、レギーナも賢いからね。これから私かイレーネが家を継ぐだろうという時に、今までの政敵と姻戚関係が結べるだなんて、またとない機会じゃないか。私は相手方を直接知っているわけではないけど、全ての要素が申し分ない上、レギーナが愛するほどの男だ。一体どこに問題が…

そこでレオポルドは言葉に詰まった。ある可能性に辿り着いたからである。

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レオポルド

まさか、アルバータのことを察して…

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クルト

ええ、レギーナ様もそれにお気付きになったのでしょう。もちろん、確証はありませんが、あくまで可能性を排除できない以上は。

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レオポルド

ああ、私はなんてことを。主よ、なぜこれほどの苦しみを私に賜うか!

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クルト

坊ちゃん、ご自身を責めるのはお辞めになってください。しかし、あなたには使命がある。一つ、もちろん、民を休んじなければなりません。民に仕えるために貴族がある、お父様の言う通りです。二つ、ご家族を守り、そして真相を明らかにしなければなりません。テオドール様の死の原因はいまだ不明です。そして、アルバータ様の体調を含めて、ヴァルトブルク家を脅かしている犯人は誰なのか。三つ、国を舵取り、悪い方向へと導かれている欧州全体を平和へと導かねばなりません。そのためには、やはりヴァロワ家との対決は避けられないものになるでしょう。

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レオポルド

決意を固めねばなるまいね。まだ私にその大役が務まるとは思えないでいるけど。ありがとう、道が見えた気がする。今日はもう退がっていいぞ。

老執事は何も言わず場内に戻っていった。若者は空が明るみ、じわり昇る朝日を眺めながら、己に待ち受ける大きな運命に思いを馳せていた。いつまでも、いつまでも。日が昇り、いつしか眠りに落ちるまで。翌日の真昼に目覚めた時、若者の肩には毛布が掛けられていた。若者の全身を覆うにはあまりにも小さい、しかしその気遣いは全身を覆って余りある、毛布が。

絵空事?

レオポルドは昼食を頬張りながら考えていた。5日後に迫る父の葬儀までに済ませねばならぬことがいくつかあるように思えてならなかったから。

一つはテオドールの死について。父伯の葬儀は国葬であって、どれだけ頭を捻ってもレオポルドたちが運営に参画することはできない。だから、兄の葬儀は別で開催するしかなかった。家族と友人たちを呼んで。そもそも、彼の死の原因が不明のままだった。不思議なことに、外傷も病気もないのに倒れていたのだ。場所は元老院の近く。テオドールはそれまで理由もなく、家族に何も告げずひとりきりで遠出したことはなかったというのに。ある貴族が遺体を発見してくれ、お抱えの医師に命じて介抱してくれたが手遅れだったという。今は検死をしてくれているそうだ。聞くところによると、近日その類の事件が続いているらしく、その貴族の従兄弟も不審死したのだとか。

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レオポルド

クルト、一度会わねばなるまいな、テオドール兄さんのことで。

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クルト

すぐお会いできるよう手配しましょう。

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レオポルド

ああ。ついでに身内に不審死があった貴族たちをまとめておいてくれるかな。

ひとまず、これで一つは片付いた。

二つ目は、アルバータの健康だった。喫緊の問題は、儀式中一日中立っていられるか、ということだ。この国において、貴族の子が父親の葬儀に顔を出さないことがどれほど不名誉なことか、わかったものではない。もし出席できないなら、有効な手は替え玉か、病欠を明かすことだ。しかし、どちらにも大きな落とし穴がある。どちらの情報も弱みに成り得るからだ。
何より、本人が病気を押してでも出席することを望むだろう。だとすると、できる限り早く適切な治療を受けさせ、回復を祈る方が良いのかもしれない。幸い、医師が今日中に診察してくれるそうだ。それで回復してくれればいいが。もし長期的な治療が必要なら、今後伴う問題は、資金だろうか…

最後の問題は、誰が“喪主”になるか、ということ。国葬の場で喪主を務める者はすなわち次の当主であるからだ。先のクルトの話では、宮中伯は女人禁制だというから、レオポルドしか候補はいないのではなかったか。
しかし、実はそうと決まったわけでもないとレオポルドは考えていた。

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イレーネ

お兄様、何か考えてらしたわね。グラティアが話しかけたのに聞いてらっしゃらなかったわ。

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レオポルド

ごめんね。グラティア。なんだって?

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グラティア

兄さま、私最近辞典を読んでいるのよ。学校でも先生から褒められたの。

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レオポルド

さすがだね。そうだ、今度街に本を買いに行こうか。全部が片付いたらね。…そんなグラティアにいくつか出題してもいいかな。

(※注記: ここで出題という語が使われているのは、この頃クイズを指す単語が存在しなかったからである。時代設定は18世紀中後期の特定の年としているためだ。「quiz」という英単語は、1791年に英国で戯れとして生まれた後、問答を指す言葉として定着した。)

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レオポルド

第一問。ある家族にはお父さんが作った、7時には家に帰るっていう決まり事があった。ある日、お父さんが亡くなったから、次は家族みんなで8時には家に帰るという決まり事を作ったんだ。じゃあそれ以降、お父さんが作った門限を守って7時に帰り続けなきゃいけないと考えるのは正しいかな。

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グラティア

いいえ兄さま、それは不自然。みんなで新しい決め事を作ったんだから。

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レオポルド

そう思うよね。もう一つ。先生が成績に応じて皆にご褒美のBrot(パン)を配りました。グラティアは優秀だったので、5つ貰えます。でも、隣の子はパンが食べ切れそうになかったので、本当は5つ貰えるところ、4つしか貰いませんでした。グラティアもお腹の具合からすると、4つしか食べられなそうです。さあ、どうする?

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グラティア

もちろん4つにするわ。あのね、兄さま、私もう13なの。9歳にするような質問ばっかりしないで。

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レオポルド

ごめん、悪かったね、つい。

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レギーナ

なにかに誘導するような聞き方だったわね。

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レオポルド

その通り。でも、これが法の原理なんだ。どんな人でもわかる原則を、日常でどんなふうに適用できるかはっきり定めて落とし込むこと。

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グラティア

それで、何が言いたかったの、兄さま?

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レオポルド

要するに、王政時代の慣習を永遠に維持する必要はないし、父さんと同じように宮中伯の地位を辞退してもいい。だから、必ずしも私が家督を相続する必要はないっていうことさ。お父様の葬儀の時までには、はっきりさせなきゃならないからね。誰がこの家を継ぐのか。

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イレーネ

お兄様がお継ぎになられるのではないのですか。私は確かに、お父様が体調を崩されてからは代理でお仕事をさせていただいて、楽しいとさえ思っていましたけど、それでもこれからヴァルトブルク家が生き残っていくにはやはり力不足かと。

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レオポルド

私も決心がついていないんだ。それに、仕事を楽しめるという素質は万人に備わっているものではない。きっと、イレーネには才能がある。

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イレーネ

しかし…

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レオポルド

でも、もちろん押し付けたいとは思わない。どう生きるかを決める権利が誰にでもある。だから、誰かがこの職を絶対に継がなければいけないのだとしたら、私が継ごう。でもイレーネ、どうしたいか考えといてくれる?

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イレーネ

その言い方は…何か含みがあるわね。

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レオポルド

ああ。もしかすると、私たちの代で、この仕組みを終わらせるべきなのかもしれないと思って。民全員にとって最善の方法は、誰も継がないことなのかもしれない…

聞いていた全員の顔が唖然となる。食卓が衝撃の色に染まった…