第3話 〜 祝宴の夜の告白

レオポルドにとって目下の問題はイレーネである。妹たちを人払いしたのは、彼女の胸中を聞くため。

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レオポルド

クルト、少し待っていなさい。馬丁さん、ありがとう。新人さんみたいだね。道中はクルトとの話に夢中で自己紹介もまだだった。よかったら、これから食事を一緒にしない?ご家族がいればぜひご一緒に。申し訳ないけど、馬だけ厩舎に返してきてくれるかな。

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若い男

かしこまりました。光栄です。

若者は馬の手綱を引き、去っていった。少し説明しておこう。いわゆる使用人にはいくつかの種類と階級がある。大きな使用人団がある場合、頂点に立つのが家令(スチュワード)。ヴァルトブルク家は上級貴族ではないので、この職はなく、執事(バトラー)がこの職を兼任することになっている。全体の統括をし、財務を扱うことも多い。執事は屋敷の管理や全体の指揮を行う職務なのだ。儀礼、礼儀、予定といった主人の身の回りを世話する私室管理人(グルーム·オブ·チェンバーズ)がそれに続く。そして、従者(ヴァレット)。若い主や年配の主を支えるために付くことが多い。家ではなく、主人が直接雇用しているため、執事や家令に監督されず、むしろ同等の権力を持っていた。女性の場合は侍女(メイド)と呼ばれる。ここまでが上級の使用人だ。その下に、下級の使用人として従僕(フットマン)がいる。将来の執事や従者の候補であり、もろもろの雑用を行っていた。また、外部に姿を見せるため、容姿や器量の良さが求められたり、それによって待遇が変わることもある。さらに下に見習い(ボーイ)がたくさんいる。これが使用人の構成だ。馬丁をしているのはレオポルドのいぬ間に従僕になった男だ。そして、クルトが執事兼従者である。といったところで、本題に戻ろう。

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レオポルド

知っているんだろう、事情を。さあクルト、どういうことか説明してもらおうか。

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クルト

実はですね、

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イレーネ

いいわ、クルト。私が説明する。

お兄様がいなくなってからというもの、お父様は少しずつ体調を崩していかれたの。あんなに健康だったお父様がよ。多分原因は心労だったのね。それからというもの、少しずつ私たち家族はいろいろな嫌がらせを受け始めたの。

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レオポルド

嫌がらせというと?

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イレーネ

ヴァルトブルク家が疎まれてるからか、私たちが邪魔になる別の理由があるのかわからないけれど、ともかくね。行事に参加している時に転ばされそうになったり、暴徒をけしかけられたり。

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レオポルド

大変だったんだな。そうとも知らず兄はのうのうと…申し訳ない。かなり心労を感じさせたな。よく見たら白髪が…

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イレーネ

私のことはいいの、お兄様(おにいさま)。そんなことより、アルバータが。

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レオポルド

…毒でも盛られたか?

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イレーネ

断定はできないけど、可能性はあるわ。クルトが発つ頃にはもう具合が悪かったのだけど、より悪化してて。数時間も起き上がっていると疲れてしまうの。

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レオポルド

なんてことだ…医者はいないのか。まさか、医者も来れないように手を回されて?

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イレーネ

いいえ、違うの。

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レオポルド

じゃあなんで!

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イレーネ

お金が!ないの。お父様は、ご自身が体調を崩されてからも、民が同じだけの世話を受けられるように、ずっと私財を投じ続けておられたから。

レオポルドは理解した。食事のことを話した時の妹たちのあの嬉しそうな顔。“伯爵の娘”ではあれど、彼女たちにとっても久しぶりのご馳走だったのだ。かたや自分は学生の身でありながら、父の名前一つ出せば何一つ不自由せずに暮らせていたのに。レオポルドはイレーネにすがり、地面に伏して謝罪した。彼女は兄の肩に手を優しく置いて、起き上がるのを待つと、ゆっくりと背中に手を回した。兄はそれに応えて彼女を固く、強く、長く抱き締めた。

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レオポルド

迷惑をかけたな。これからアルバータに会ってくる。もしその元気があれば…みんなで食事をしよう、イレーネ。クルトは医者の手配を。幸い、手元にいくらか現金がある。

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クルト

かしこまりました。

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レオポルド

そして一つ聞きたいこともある。なぜこれらのことを私に伝えなかった?お金がないだとか、父さんが体調悪いだとか、アルバータに会ってやってくれだとか。私にもできることの一つ二つあったろうに。父さんのことだ、どうせ止めていたんだろうが、それでもいくらでも機会はあったはずだ。クルトがそうしてくれると思っていたからこそ、私は家族を置いて海を渡ったんじゃないか。なぜ…

クルトは無言だった。レオポルドも頭ではわかっていたはずだった。仕方のないことだと。父伯の願いが、彼が教育を受けて、しっかりと修めて帰ってくることであった以上…

レオポルドは城を駆け上がる。幼少から走り回った広大な城内を、アルバータが寝ている部屋まで最短で。途中、寝室階から食堂へ繋がる階段で、彼は病身の妹に会った。

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レオポルド

アルバータ!

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アルバータ

(にい)さま!久しゅうございます。

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レオポルド

イレーネから聞いたよ。体は大丈夫なの?ここまで一人で歩いてきたんだろ?

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アルバータ

ええ。お兄さまが帰って来られる日とあっては、私も出迎えて食事を共にしない訳にはいきませんから。

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レオポルド

無理しなくていいんだアルバータ。もちろん一緒に食事も食べたいよ、でも…

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アルバータ

今日は大丈夫です、お兄さま。体の調子もいい方ですから。

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レオポルド

医者を呼んだから、診てもらおう。直によくなるだろう。本当によく頑張ったな。…この歳になっては恥ずかしいかもしれないが、今日は兄がおぶってやろう。さあ。

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アルバータ

では、お言葉に甘えます。

三女アルバータは小さい頃から聡明だった。博学で、好奇心があり、良い判断力を持っている。人に影響されない自分がある強い子だった。父の期待の注ぎ方と言ったらなかった。どんな大学に行かせようかという話をしたのも覚えている。
長女イレーネは芯と優しさと良い自尊心を持っている。よく気が回り、統率力を発揮できた。父の統治を良く助けていたし、こと人に関する記憶力は並外れていた。それは彼女の人への関心の証でもあった。
次女レギーナは母に似て非常に美しかった。誰もが目を留めざるを得ない美貌に恥じぬ内面の美しさもあった。これもまた母に似て、芸術に明るく、器用で、多才だった。
四女グラティアは末の子らしく、天真爛漫で活発だった。彼女は母の記憶をほとんど持たないが、そんな過去の影すら感じさせぬ明るさは領民にさえ響いていた。自然な笑顔を湛えているだけでなく、そういう雰囲気を作り出せる子だ。

レオポルドは、自分が妹たちを蔑ろにしていたのだという苦痛に苛まれながら、背中にこの4年で成長したアルバータの大きさと、体躯に見合わぬ軽さを感じていた。その“軽さ”が、長子である彼にとってなんと重いことか。

祝宴

食卓の中央には羊頭が立ち、周りには羊1頭分の肉と豪勢な付け合わせが並んでいた。貴族には当然と思われるかもしれないが、もともと一城の主に過ぎず、また清貧に暮らしていた父伯の時代から、このような料理は毎日ありつけるものではなかった。

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レオポルド

さあ、座って。体調が悪くなってきたらすぐ言ってね。

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アルバータ

心得ておりますわ。

その時、外に通ずる食堂の扉二度三度鳴った。

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レオポルド

そうだ、馬丁さんの家族を呼んだんだった。一緒でもいいかな。

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レギーナ

もちろん。でも、量がそんなにはないかも…

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レオポルド

大丈夫。私はもうそんなに必要ないから。みんながいっぱい食べなさい。

どうぞ!、と声をかけながら扉を開けるレオポルド。やってきた3人を空いている席に誘導していく。馬丁はレオポルドと同じ歳くらいに見えたが、妻と息子がいたのだ。

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レオポルド

かわいいですね。何歳ですか?

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若い男

2歳になります。最近は食欲がすごくて。

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レオポルド

そうですか。ささ、こちらへ。改めて、私はレオポルド。ご存知かもしれませんが、あちらからイレーネ、レギーナ、アルバータ、グラティア、クルトです。あなたは?

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クリストハルト

私はクリストハルト。息子のディーター、妻のクラリッサ。

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クラリッサ

クラリッサです。どうぞよろしくお願いいたします。お呼びに預かり光栄です。

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レオポルド

かしこまったのはやめてください。同じ歳くらいとお見受けします。私たちはただ父の威光のおこぼれに預かってるだけですから。どうかレオポルドと。

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クリストハルト

わかりました、レオポルド。じゃあ早速…この子もお腹を空かせてるみたいだし。

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クラリッサ

クリス、あなたがお腹空いてるだけでしょ。

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レオポルド

はは、図星を突かれましたね。ともかく、どうぞ。

和やかな時間が過ぎていたが、この瞬間レオポルドの脳裏に突如浮上した問題はどこに座るべきかということであった。以前なら、Tisch(テーブル)の短辺に座る父伯の右手側の席に座っていたのだが、その席はもはや空白である。食宴の主催者としてそこに座るべきか、しかしまだ当主でもない自分が亡くなってまもない当主の席に座っていいものか。結局、短い思案の末、彼はその席を空けたままにすることにした。そして、“いつもの席”から音頭を取る。

「では、食事にしましょう。Gesegnete Mahlzeit!(祝福された食事に感謝して)

「「Gesegnete Mahlzeit!(いただきます)」」

唱和がこだまする。食事は至極楽しい時間になった。名産のBier(ビール)も出て、思いの外クラリッサが酒豪であったり、ディーターが途中羊の目を食べようとしたり… 若者レオポルドは、数々の問題を一度隅に置いて、その食事を心の底から楽しんでいた。よく切り替えることは、支配者に必要な資質。クルトはその様子さえ満足げに眺めていた。

食後、レオポルドは馬丁一家を城外へ送り、アルバータを伴って部屋に帰る。おやすみのキスを額に添えて。レオポルドはまた食堂に降りてきて、主人たちが食事した後の席で後から机を囲んでいる従者や家臣たちに混ざると、この4年間の心からの感謝を伝えた。そして、もう在庫がないというビールを全て出し、彼らの労を労い、愚痴を聞いた。深更に差し掛かる頃、皿洗いを終えた彼はようやく、あの約束を思い出した。しまった、と思った若者は、レギーナの部屋に急ぐ。

軽くKlopfen(ノック)すると、短い返事がある。

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レギーナ

入って。

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レオポルド

レギーナ、待たせてすまなかった。

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レギーナ

いいの。私もしたいことがあったから。

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レオポルド

裁縫してたんだな。やっぱり、腕がいい。

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レギーナ

お世辞はいいから、本題に入りましょ。こんな夜更けなんだから。

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レオポルド

そういうツンとしたとこ、変わらないな。でも、そのままでいてくれて嬉しいよ。

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レギーナ

あぁ、そう。それは良かった。ともかく、お兄様。驚かないで聞いて。

彼女は一呼吸置いて言う。

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レギーナ

私、結婚するの。