2026 初日の出を見に神津島へ行った話 Part1

の東京の竹芝の様子。浜松町の一帯は、変わらぬ褻と年末特有の霽とが入り混じる独特な雰囲気を醸し出していた。
神津島とは?
神津島とは、東京都に属する伊豆諸島の島で、東京駅から直線距離で約170kmの沖合に浮かぶ小さな島です。地図で表すとこの辺りになります。

黒く丸をかこった箇所が神津島。こう見ると意外と近いようにも思えてしまう。実際、東京駅から同心円を書くと浜松市の手前、島田市のあたりである。
幾ら日本最大の人口を擁する都道府県に属するとはいえ、神津島村は離島であるがゆえに島へのアクセスが非常に限られています。アクセス方法は主に3つ。
- 竹芝港から東海汽船の運行する大型フェリー(毎日)または高速ジェット船(運航日に注意)に乗る
- 調布空港から新中央航空の運行する小型プロペラ機に乗る
- 下田港から神新汽船の運航するカーフェリー(水曜日運休)に乗る
メジャーな行き方が1の竹芝港からフェリーに乗る方法です。こちらは夜の22時に竹芝港を出発し、翌朝10時に神津島に到着する。冬の太平洋は黒潮の通り道となり、西風が吹き荒れ波が荒れることが多いが、後述する理由により神津島に関しては冬でも高い就航率を維持しているため、季節を問わずとりあえずこれを選択すれば無難です。
調布空港は1日3本就航しているが、小型プロペラ機「ドルニエ228」の定員がわずか19席程度しか無いため、ハイシーズンには予約が取れない可能性があります。要注意。就航率はどれほどかわかりませんが、絶海の孤島である青ヶ島のデータを参考にするとこちらも安定しているのではと思われます。
下田からのカーフェリーに関しては、Geminiいわく「旅慣れした玄人向けルート」とのこと。これに関しては実際その通りで、東海汽船の「さるびあ丸」が総トン数6000トンであるのに対して、神新汽船の「フェリーあぜりあ」はわずか495トン。それゆえ、波の影響を受けやすく、たびたび欠航してしまう。東海汽船が寄港しても、こちらがダメ、というのはしばしば発生するのである。
という事で、今回の旅では素直(?)に竹芝からスタートさせることにしました。
ここで一つ注意点。神津島は野宿が禁じられているため、宿を確保してから行きと帰りの船を予約したほうが無難です。
島は我々を簡単には迎え入れてはくれない

竹芝港からは神津島行、八丈島行、父島行の3路線が就航している。この日は父島行の運航はなかった
こちらはフェリーターミナルの待合室。ディスプレイではなにやら若干怪しい案内がなされている。「利島」の欄が★となっているのがわかると思いますが、こちらは「とりあえず寄港しますが、接岸できなかったらゴメンチャイ」という表示です。そして22時半発八丈島行きの船「橘丸」はもっとひどい。三宅島と八丈島は条件付き、御蔵島は欠航。終わっている。それもそのはず御蔵島は断崖絶壁のどこに港を作るの、といった地形をしているので、仕方ない面がある。実際、冬の就航率はあの青ヶ島よりも低いのだ。(結局橘丸は三宅島、八丈島の両島には就航したようです。よかったよかった)
こんな感じでとにかく出港するまで、というか到着するまで到着できるのかが分からないのが冬の東海汽船である。いやこんなところでギャンブルせんでもええねんて。

ネタバレになるが、この日のさるびあ丸は多幸湾に就航した
さて、前述のとおり神津島は「冬でも多少強い」と説明しましたが、その理由がコレ。
ディスプレイには「多幸湾」に就航したと書かれている通り、何やらこの島には港が2つも3つもありそうなそんな書き方をしているのだろうと思うだろう。実際その通りで、この「多幸湾」は島の東側にある漁港であり、冬の強烈な西風を多少は和らげてくれる存在です。そのためこの島メインの港である「前浜港」が使えないときのリダンダンシーとして整備されているのです。実際さるびあ丸は貨客船であり、人間のほかに島で必要な物資であったり、島で作られた製品などを出荷するのにも大いにかかわっている為、ちょっとやそっとでは止めてはいけないインフラストラクチャーなのです。
同様に、伊豆大島には「岡田港」と「元町港」、新島には「前浜港」と「渡浮根港」が存在していて、就航率は安定しています。一方の利島には港が一つしかないため、就航率が低くなっています。
表にするとこうなります。
| 島 | 港 | 港2 | 港3 | 就航率(平成4年以降) |
|---|---|---|---|---|
| 伊豆大島 | 岡田 | 元町 | - | 97~100% |
| 利島 | 利島 | - | - | 73~88% |
| 新島 | 前浜 | 渡浮根 | (羽伏) | 88~96% |
| 式根島 | 式根島 | - | - | 不明 |
| 神津島 | 前浜 | 多幸湾 | - | 91~99% |
| 三宅島 | 三池 | 阿古 | 伊ヶ谷 | 85~95% |
| 御蔵島 | 御蔵島 | - | - | 16~70% |
| 八丈島 | 底土 | 八重根 | - | 88~97% |
| 青ヶ島 | 青ヶ島 | - | - | 56~70% |
このパーセンテージは夏と冬を合わせた通算であり、そして冬は多少就航率は下がる。これを加味すると、こんな時期に利島にいく酔狂な傾奇者にはなる気にはなるまい。まして御蔵島や青が島に行こうなど、これこそ島流しを体験しに行くようなものである。
という事で、これが私が、港が2つ整備されている為伊豆大島の次に就航率が高い「神津島」で初日の出を見る事にした理由の一つでもあります。安全第1.5。伊豆大島ではないのは、ちょっとした逆張りです。ちなみにもう一つこの島にした理由がありますが、そちらはPart2以降で話します。
いざさるびあ丸に乗船
21時30分ごろ、搭乗アナウンスに従ってA1搭乗口からさるびあ丸に搭乗。ただし撮影のために20分ごろにはそのあたりをうろついていたため、かなり早めに乗船しました。大体20番目くらい。
この日は竹芝港から少なくとも100人以上が乗り込んだようで、それなりの活気を呈していました。

やはり利島は相変わらず接岸できるかどうかは分からないようだ。

特二等寝台は2階、3階、4階にあり、下の階ほど揺れが少ない

寝るだけなら十分な空間。こういう秘密基地のような狭いプライベート空間は全人類が好きな空間だと思う
今回利用したのは特二等寝台。2段になっていて、サンライズエクスプレスで例えると、ノビノビ座席程度のプライベート空間に個室ソロ程度のベッドと言った感じであろうか。
ここから12時間この船に揺られて神津島を目指すことになる。2年前に北海道から帰宅するために利用した日本海フェリーでも似たようなグレードだったので、この空間に対してどことない安心感が生まれてくる。(関東在住の人間がわざわざ北陸周りで帰宅したのは、北海道新幹線は満席、でも飛行機は避けたい、となるとフェリーで抜けるしかないが残席があるのがこの航路しかなく、その先の上越新幹線が確保できた、というギリギリの綱渡りの結果です。多分飛行機は空席があったと思います。JR東日本は東京〜大宮を路線別複々線にして、札幌行のキャパシティを倍増しろ。)

船には船が付いている。マトリョシカではない。
今晩を過ごす部屋を確保したので、7階甲板にのぼって色々と撮影などをして東京の夜景を眺めていました。ちなみに上の写真は万が一さるびあ丸が難破した際の救命ボートである。非常時はこんな小舟に命を預けることになるのか…。別に私はパン焼き職人でもないし、まして大酒飲みでもないので、冬の太平洋で溺死する。

くまなく眺めて、しっかり忘れるタイプの掲示(それはダメだろ)
今度は船内に目を向けると、津波発生時の避難場所が書かれていました。神津島の場合、物忌奈神社とキャンプ場になるようです。能登と言い、青森沖と言い、やけに冬の大地震が多いので警戒しておかないとですね。こんな時に島に閉じ込められるのはマジでやめてくれよ?イージーモードは退屈だが、ルナティックモードを選ばされるのは嫌いなんだ。
そうこうしている間に、さるびあ丸は定刻通り竹芝港を出発。この先、伊豆大島、利島、新島、式根島を経由して最終寄港地、そして私の目的地である神津島を目指します。

別にゲーミング橋に思い入れの欠片も無いが、なぜか10枚ほど撮影していたらしい。ナンデ?
22時半ごろ、「まもなくさるびあ丸は『首都高速11号台場線』レインボーブリッジの下を通過してまいります」の船内アナウンスと共にレインボーブリッジの下を通過。そこ強調するんだ…。デッキには40人ほど集まっており、なぜかマンダリンが聞こえてきました。こんなところにもチャイニーズ。
結局この後は羽田沖までデッキで見物していましたが、寒くなってきたのでこのあたりで寝台に戻りました。

うろ覚えだがおそらく4階の自販機

各階に自販機があるので何階か不明
さて、目の前には誘惑が存在する。しかし私は食った途端に船酔いを起こすよわよわ三半規管を引っ提げてこの船に乗り込んでいる。という事で人権を優先し、夜食はお預け。空腹は神津島に上陸してからたっぷり満たすことにします。

ツイッターの治安悪化と引き換えに
ちなみにさるびあ丸では2025年の2月よりイーロンマスクの恩恵が受けられるようになったようです。ただし、案内所など一部電波が通じる場所に限られ、3階の特二等寝台ではその恩恵には与れませんでした。揺れる船内でスマホをいじってシンガポールの象徴的存在を召喚する訳にもいかないので睡眠。おやすみなさい。
伊豆大島着岸、そして神津島へ
午前5時半、伊豆大島に着岸する旨の船内放送にたたき起こされるように起床しました。なんだかんだ2時近くまで寝付けず、3時間ちょっとの睡眠で起床する羽目に。眠いよ。とは言え目が冴えてしまって仕方がないので、デッキにあがって着岸を見届け、暫く経ってから二度寝をかますことにする。

伊豆大島の港
デッキの上でゆられること数分、さるびあ丸は伊豆大島に着岸。コンテナをおろすためのフォークリフトが待機していました。幾つおろして幾つ乗っけたんだろう。20分程の作業で足早に次の島に向けて出港していきました。

神津島は終点なのでちゃんと寄港するが、これはひどい
二度寝に戻るためにフロントに寄ったところ、このような表示になっていました。帰路の寄港可否の様子ですが、式根島が不明、利島と新島が欠航になっていました。つまりこのままでは東京に帰れない。
Q: さてこのような決定が下されたとき、島民や旅行客に対してどのような救済措置がなされるだろうか。
答えは、「いったんこの船に乗り、神津島で折り返して東京に向かう。」
図にすると以下のようになる。
ギリギリの綱渡りであることが見て取れるだろう
しかし生活するにも大変な島だ。これだけでも苦労が垣間見えます。なお、新島〜神津島では2等座席に乗り込み、神津島からは本来乗るはずだった部屋で東京に向かうことになります。この区間の料金は救済措置のため無料です。利島に関しては、この日はどちらも接岸できなかったようです。つまりこの日は孤立。
ちなみに八丈島では2日連続で孤立し、本土復帰できなくなった旅人が現れた場合、地元民が料理を持ち寄り「欠航流人の宴」なるものが臨時で開催されるようです。

強風吹き荒れる中デッキに昇って自滅するなどしていた
式根島を出港し、9時半ごろに再度デッキにのぼってみると、良い感じの絶景が広がっていました。中央に見えるのが式根島、右手前が新島、右奥に霞んでいるのが利島。そして左側にはっきりと富士山が観測できました。東京からわずか170Km、それなのに東京から12時間を要する離島、神津島。
なお、行きが時間がかかる理由の一つに、時間調整をしないと伊豆大島が朝早すぎてしまうから、というのがあります。丑三つに到着されても、昭和時代の夜行列車ではあるまいし。
この後急に波が強くなり(おそらく伊豆半島が遮ってくれていたが、その南側、つまり本格的に外洋に出たのだと思われます)、あまりの空腹に思わず食ってしまった菓子パンをあやうくリバースしかけました。あっぶねえ…。

食堂は6階にあります。営業時間外はおおむねフリースペースとして解放されています
船内食堂のごはん、食べたかったなあ…。でも新日本海フェリーでひどい目を見たからなあ…同じ東京都でも東京湾フェリーとはやっぱり別物で考えなければいけないね。新日本海フェリーで何があったかはここでは語りませんが、幸運なことに服は汚さずに済みました。新潟港に降り立った時の気持ち悪さは一生脳内にこびりついていると思います。
神津島へ上陸

無事に東京都に到着しました
そんなこんなで午前10時、さるびあ号は定刻通り多幸湾に到着。集落とは反対側の、マジで港くらいしかない場所です。
港には警察が待機していました。これは島内で犯罪を犯した人が島外へ逃げ出さないように、その逆に犯罪者を島内に入れさせないようにするためのものです。
到着まででかなり長くなってしまった為、神津島の詳しい様子は次の記事で語りたいと思います。